こんにちは。漫画大好き編集者のグルリンゴ(@entame13423)です。
今回ご紹介するのは、いまコミックエッセイ界で最も勢いのある漫画家の最新作『赤い隣人~小さな泣き声が聞こえる』です。無駄なコマが一つとしてない、著者の円熟味を感じさせる一作!
2022年に刊行された『今朝もあの子の夢を見た』と対(つい)になる内容です。
『赤い隣人』ネタバレ
出版社:KADOKAWA
個人的星取
☆4.5 隅々まで描写の行き届いた著者最高傑作だと思います。
Amazon星取
2023年2月15日
☆:4.5
レビュー数:2
作者紹介
野原広子……イラストレーター。2021年『妻が口をきいてくれません』『消えたママ友』2作により、第25回手塚治虫文化賞「短編賞」受賞。
あらすじ・概要
小さな息子を連れて、新しい街に引っ越してきた希(のぞみ)。
隣に住む「理想的な家庭」の主婦、千夏(ちか)と家族ぐるみで仲良くなるが、
じわじわと千夏への違和感を感じていく。
おかしいのは私のほう?それとも千夏のほう?
幸せな家族に見えても、心の黒い穴は埋められない。
『消えたママ友』『今朝もあの子の夢を見た』『人生最大の失敗』を描いた
イヤミス・コミックエッセイの第一人者、野原広子最新作。
感想・評価
【主要登場人物】
小出希……主人公。新生活への不安に満たされている。
小出健太……希の息子。パパの存在を求めている。
長谷川千夏……希の隣人。娘への当たりが強い。
長谷川桃花……千夏の娘。健気に母親を信じている。
長谷川周平……一見良い父親に見えて、どの父親とも同じ。
トヤマさん……小出家と同じアパートに暮らす。噂話好き。
前作との違い
著者の前作『今朝もあの子の夢を見た』と表裏一体の作品です。
『赤い隣人』がA面でわかりやすいエンタメ作品に仕上がっているとしたら、『今朝もあの子の夢を見た』はB面で実験的な要素が含まれた作品。後者はあえて描かないことに徹していましたが、前者はその余白を埋めるかのように全てを曝け出して描いています。
難しい題材への挑戦
今作は「自覚のない虐待」を題材にしています。難しい題材です。
なぜなら「自覚のない」様子を描くのに相当な筆力が必要だからです。しかし著者は完璧にやってのけています。
いわゆる「イヤミス・コミックエッセイ」(私はこの呼称は好きではないですが)と呼ばれる著者作品の中でも、全てのバランスが取れた一作です。
エンタメとして面白く、共感度が高く、社会的なテーマやメッセージ性も込められ、喜怒哀楽がストレートに伝わる絵を確立していて読みやすく、物語的な納得度も高い。
何よりもキャラクターが一面的に描かれていません。まさに集大成的な一作だと思います。
「クレヨンしんちゃん」からの影響
野原広子というペンネームは「クレヨンしんちゃん」から取っています。
臼井儀人さんは、野原しんのすけの感情を横顔で表現していました。野原広子さんの絵で最も心を突き動かされるのがまさに「子供の後ろ姿からちらっと見える横顔」で、今作でもそれは重要なポイントで出てきます。
なぜ子供を慰めるのか
序盤は、隣の赤い屋根の家に住む長谷川千夏が、娘の桃花を虐待しているのでは?と主人公の小出希が疑う展開が続きます。
子どもたちの描き方が本当にリアル。希の息子・健太は、新しい保育園に入園して不安定。父親に会えていないことも有り、夜は悲しくて泣きます。
新生活を前に大人も不安な気持ちを抱えていますが、大人は子供のようには泣けません。希は、泣く健太を抱きしめて「大丈夫」と自分に言い聞かせます。
子供を慰めたり元気づけたりすることは、イコール自分への励ましでもあるのです。ああ、これほど共感度の高い場面はありません。
この虐待は他人事か
千夏の桃花に対する態度を他人事に思える人は幸せです。
子育てをしていれば、千夏の言動は誰の心にだって巣食っています。千夏は「いつも子供とふたりだけでストレスたまるんだよねー」「また桃花と二人だけの日曜日か」「ダメよあんな子」と、子供に対するスタンスを明言します。本音50%、自嘲50%といったところでしょうか。どんな親でも一度は心に浮かんでしまう危うい気持ちを言葉として外に出してしまう人物なのです。
虫を取ってきた娘の手を打つ。口に食べ物を含んだ状態で話したり、動物園の売り物に触れたりすると急に激怒して娘を叱りつける。「しつけ」という名目で、千夏はかなり厳しい接し方を子供にしています。千夏は家では育児書を読むばかりで、子供と向き合おうとしていません。
しかしこの気持ちも痛いほどわかる……。何故か目の前にいる我が子よりも優先してしまうのです、他人がまとめた「素敵な子供に育てる方法」を。
ある夜、希の家の外から泣き声がします。普通なら桃花が泣いていると思うでしょう。
でも泣いていたのは下の階のトヤマさんというおばちゃんでした。トヤマさんが桃花にあげたお菓子が、生ゴミと一緒に捨てられていると。ゴミ袋を漁りながらそれを言うトヤマさんの姿には
①ゴミを漁るこの人がやばい
②とはいえ貰い物をそのまま捨てている母の千夏もやばい
と、なんとも読者が人物を判断しづらい、多面的な描写です。
「小さな泣き声が聞こえる」の意味
一方的に善悪を決めつけないスタンスがめちゃくちゃうまいです。ミスリードも効いています。後半、今度は桃花が泣いている、という場面に繋がります。
トヤマさんだけではなく、隣に住むおじさんや、保育園のママの知り合いなど、登場人物たちが一面的に描かれていません。「この人はこういう人だ」という思い込みをことごとく覆していきます。「小さな泣き声」をあげているのが誰なのか、注目すると面白いです。
この作品の凄いのは、物語が進行するにつれて段々と「誰が虐待をしているのか」に相当する人物が変化していくところです。希はシングルマザー。仕事がなかなかうまくいかず、子供の面倒を見られていない影響で子供はどんどんわがままになっていく。その様子に耐えられない希は、まるで写し鏡のように千夏化していきます。
しかし、これだって共感してしまうのです。夫婦二人で育児をしていたって、子供が部屋を散らかしまくったり、朝ごはんを食べてくれなかったり、時間がないのに「トイレに行きたい」と言い出したり(さっきは行かないって言ったのに)、子供からすれば当たり前の権利の主張にも関わらず、大人はイライラしてしまうのです。それを一人で行う親の負担は計り知れません。希は次第に追い詰められていきます。
希と健太の喧嘩で、希は健太を叩き、突き飛ばします。そして「すっきり」するのです。やってやったぞ、ついにやってやった。暴力で黙らせた。快感。そして我に返ります。とんでもないことをしてしまった、と。
子供を連れて行った側の視点
ここからは希側も千夏側も、父親との話がメインになります。『今朝もあの子の夢を見た』は、妻に子供を誘拐されたと思っている男性側の視点の話でした。今作は妻側の視点から、なぜ子供を連れて出ていったのかの一端が垣間見えます。
ラストの展開は非常に納得度の高いものでした。虐待してしまう親も人間なのです。負のループから抜け出すにはどうしたら良いのか、その一つの手段・ヒントが描かれています。
よっちゃんママはなぜいるのか
「よっちゃんママ」に注目してください。著者の野原さんがただの漫画家でないことがわかるはず。実話にありそうな話を物語にするのではなく、きちんとエンタメの作法も取り入れ、最後のゾワッと感を増幅させています。うまい!
『赤い隣人』お得に読む方法
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終わりに
今回は『赤い隣人』をご紹介しました。
子供は何も悪くない、全ては親の感情や環境に左右される。その残酷な事実がひしひしと伝わってきます。だからこそ、私たちは野原広子さんのような優れた書き手が作るフィクションを吸収して、明日の自分に繋げていかなければならない、と強く思うのです。
以下のリンクでは、著者・野原広子さんの他の作品のレビューが読めます。ぜひご一読ください。
どうも、グルリンゴ(@entame13423)でした。
(2023/6/9追記)
野原広子さんの新連載「さいごの恋」がこちらからスタートしています。
46歳独身女性の日常が……こちらも面白いのでぜひ!
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